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ポかリン記憶舎ワークショップを受けて

 投稿者:藤岡(劇団mac)  投稿日:2004年 8月28日(土)11時47分7秒
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  しなやかな身体が美しいことを私たちは既に知っている。しかし残念な事は高知で舞台に立つ俳優たちは視覚的・感覚的な理解の範疇でそれが完結していることだろう。つまり実践および体現化しない(できない)レイジィーな存在なのだ。それを知る(思い知るというべきか)ためにも今回のワークショップはとても意味がある。ポかリン舎長である明神さんの身体は「演じる」という免罪符なしに私たちのそれとは異質である事に私たちはもっと敗北感を覚えるべきだろう。そこに立っているだけで、例えるなら一度体内に取り込まれた空気が凛と彼女の周りにたゆたっている。もうそれだけで演者としてのオーラを発しているのだから。能や武道の世界に近いかもしれない。

演劇というものが、それをやる資格を要としない手軽な文化だと思っているならそれは大間違いである。表現の表層をなめるだけ(固執するだけ)の俳優や、それらを育成する責任を放棄した演出家の舞台を観客に提示するのはもう辞める時期に来ている。
 
 
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