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1)私の手許にカルメギ第2号(「北鮮帰国者の生命と人権を守る会」の機関誌)が届きました。秀逸は、萩原遼氏の「84年原水協事件の内幕暴露」でした。
2)私も事件当初から、「共産党ともあろうものが、なぜ団旗自粛などという些事に大騒ぎするのか」とある種の作為を感じていましたが、今回の萩原氏の寄稿で長年の疑問が氷解しました。即ち団旗自粛など口実に過ぎず、その本質は「70年代民主連合政府樹立に失敗した宮顕が80年代原水禁運動で一旗揚げようとした。しかし原水協幹部が意のままに動かないので、追出して自分のコントロールの効く茶坊主に更迭した」というものだったのですね。「宮顕も晩節を汚す浅ましい老醜だった」というところでした。むろんその結果は、「原水禁運動分裂の固定化」でしかなかったのであり、「こんな党首では広範な国民の共感と支持など得られるはずがなかった」と、改めて実感しました。
3)それにしても、萩原氏は何故84年にとうに見切りをつけながら88年まで赤旗外信部に在職したのか。とりわけ88年という年は、「宮顕が(韓国自作自演説も根強くあった中で)北鮮犯行を逸早く唱え、萩原氏が(ヘイジョウ特派員時代に撮影した)金賢姫の少女時代の写真を公開した」年でもあっただけに、普通なら赤旗編集局内部で萩原氏の株は上っていた筈ですから、しかも同年はソウルオリンピックの取材ででも(韓国に初めて入国した赤旗記者として)活躍されただけに、いきなり同年末辞職とは解せません。きっと何か(現段階で公表できない)事情があったとしか考えられません。まおいおい明らかになっていくことでしょう(^^)。
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