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救世主

 投稿者:蒼い死神  投稿日:2008年 8月23日(土)23時13分21秒
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   サイド3、2バンチ。コロニー「カルフマ」の郊外に「ジオン生化学研究所」がひっそりと存在していた。万が一の事故に備えて、半ば街区と隔離されたこの研究所には、滅多に人が訪れることはない。
 だがその日。グラナダでガルマ総帥が連邦艦隊を相手に手腕を振るっていた頃、日付も変わろうかという時間に、1台の高級車が研究所に続く道を進んでいた。
 研究所前のゲート。詰め所にいた警備員は予想外の訪問車に停車を呼びかけた。
「失礼。一般の方の訪問時間はすでに・・・・」
 詰め所に一人残し、外に出た警備員は、開けられた車窓から顔を出した女性に絶句した。
「イ、イセリナさま!?」
 イセリナ・エッシェンバッハ。かつてジオンに占拠されていたニューヤーク市長の娘。駆け落ち同然で宇宙に上がってきた、現ジオン総帥ガルマ・ザビの婚約者。現在の肩書きは、本国防衛部隊司令代行。
 とはいえ、民間人であったイセリナに軍隊を指揮する能力はない。イセリナは部隊の指揮は副官に任せ、自身はもっぱら得意分野・・・政略を担当していた。市長の娘として政治に強かったイセリナは精力的に動いた。再中立化を認められたサイド6やフォンブラウンに自ら足を運び、水面下で様々な交渉をジオン有利に進めていた。イセリナがジオンにもたらした物は決して小さくなく、彼女自身のカリスマ性もあって、今ではジオン国民の信頼も篤い。
 イセリナは流れるような仕草で車から降りた。警備員の視線が自分に釘付けになっているのをイセリナは感じていた。予定通りだ。
「所長に取り次いでいただけます?昼間の件、と言えばわかるはずですけれど」
 慌てて踵を返した警備員は、しかしそのまま崩れ落ちた。詰め所に残された警備員が異常に我に返るより早く、彼の首筋に麻酔弾が撃ち込まれていた。
 どこからともなく、黒の戦闘服に身を包んだ男達が現れた。警備員がイセリナに視線を奪われている間に、音もなく忍び寄っていたのだ。訓練された動きで、ゲートをくぐって研究所に消えていく。彼らの後姿を見送りながら、イセリナは昼間の一件を思い返していた。

 「ジオン生化学研究所」の所長がイセリナを元を訪れたのは、昼食後すぐのことだった。彼は報告書をイセリナに渡すと、得意げに自分達が研究、開発した物について熱弁を奮い始めた。しかし対するイセリナは、報告書に目を通すなり言葉を失い、所長の熱弁に耳を傾けてはいなかった。
 新兵器「ルシファーβ」そう名づけられた致死性の猛毒を持った細菌群が、完成直前だというのだ。これをもってすれば、愚かな地球連邦と連邦を支持する愚民どもを地球から一掃できると、所長は語った。彼は「ルシファーβ」を量産するにあたって、イセリナに資金援助を請うてきたのだ。
 グラナダ方面は地球連邦の妨害もあって連絡がとれない。イセリナはガルマに相談することもできず、しばらく考えてから資金援助に協力すると告げたのだった。

 イセリナは車に戻った。外見からはわからないが、通信設備が備えられたこの車は作戦指揮車としても機能する。次々と配置につく部下からの報告を聞きながら、イセリナはガルマがグラナダに発つ前の言葉を思い出していた。
『自分の留守中、重大な決断を迫られることがあったなら・・・君の判断に任せよう。君の判断は私の判断だ。君の正義を貫いてくれ』
 イセリナは「ルシファーβ」の使用を許可するつもりなどなかった。資金援助に応じたのは、研究所を安心させるためだ。
 細菌兵器は南極条約によって禁じれている。ソロモン落としによって連邦がジオンの欺瞞を説き、世論が連邦を支持する口実をジオンは与えてしまった。ギレン総帥の粛清、という形で一応の決着を見たものの、今度はアクシズの台頭を許してしまった。次に条約を破れば、例え地球人類を抹殺できたとしても、サイド6や月面都市がジオンを許さないだろう。そうなればアクシズに対抗するのは難しくなる。
「これでいいのですよね。ガルマ様」
 イセリナの呟きに呼応するように、全ての部隊が配置についた。イセリナは静かに、作戦開始を命じた。
 日付が変わってわずか30分。誰にも知られることなく、「ジオン生化学研究所」は制圧された。全ての資料と「ルシファーβ」即座に廃棄され、その後、一度も陽の目を見ることはなかった。
 1人の女性の決断が地球人類を救ったことも、また誰にも知られることはなかった。
 

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